人口動態と社会
社会と人口動態は、その社会の選択してきた家族制度とその時代の政治経済政策により、大きく影響を受けるが、逆に、その歴史的な家族構造は、国民国家の基本的な発展の方向性に重大な影響を与え、人口動態はその国の置かれた現状と、その将来像を差し示す物差しとなる。まさに下部構造が上部構造を規定し、互いに影響を与えあい、弁証法的に発展・展開するように、日本社会の急速な内部構造の変化と世界の外部構造の大きな変化が互いに共鳴し、影響を与え、発展していく。
フランスの歴史人口学者であり、家族人類学者であるのエマニュエル・トッドは、近著において新たな歴史的視点を取り入れた、様々な人口動態の研究発表により、世界の注目を集めている。例えば、旧ソビエト時代の乳幼児の異常な死亡率の高まりをみて、旧ソビエト政府の崩壊を予言したことなどが有名である。また、先の2016年の米国の大統領選挙では、中国の台頭を抑え、保護貿易への転換を進めるトランプ氏の台頭を予言した。また、イギリスのEUからの離脱に理解を示す一方で、EUの利益は主にドイツに及び、フランスは産業や雇用の面で多くのものを失ったと憤慨している。
また、現代の発展した資本主義・民主主義・自由主義国の先導役は、歴史的に英米であり、今後もアングロサクソンの英米の先導者的な役割は変わらないとみるフランス人でもある。しかし、現在の米国とロシアを比べ、乳幼児死亡率・自殺率などにおいて、むしろ米国は悪化し社会の不安定化が強まり、ロシアは逆に安定化にむかっているとも指摘している。
社会の綻びを見抜いた根拠
その根拠は、1999年から2013年にかけて45歳から54歳の米国人白人の死亡率の上昇であった。アメリカ中西部・南部の「繁栄から取り残された白人たち」を自伝的に描いた「ヒルビリー・エレジー」(J.Dヴァンス著)の家族親族のように、産業構造の転換に伴う失業、教育費の増大、極端な貧富の格差増大、高負担の医療保険制度による疾病率の高まりなどにより、多くの人々は強烈なストレスに晒され、社会は不安定化し、平均寿命の縮減傾向として現れたのだ。何かがおかしいという事実から、歴史人口学者として、社会の家族構造、宗教的価値、教育による階層化などの側面からその社会に潜む病巣をあぶりだし、その要素要因が最後どういう形として現れるか、どこに向かうのかという鋭い観察と考察の結果得た結論なのであろう。
社会の不満が高まり、内部から大きく変わるとき、人口動態に特に死亡率に顕著に表れるということを、世界の歴史人口研究の第一人者が明らかにしている。しかし、その国の将来を左右する最たるものは、「出生率」であると指摘している。
エマニュエル・トッドの家族に対する視点
エマニュエル・トッドは、世界の家族構造は様々に変化しているものの、基本的な規定要素となる親子関係、兄弟姉妹関係、相続制度、内婚(イトコ婚)認めるかなどにより、ざっくりと大きく4つに類型化し考察している。先進国を中心に例にとると、
「絶対的核家族(親の遺言で相続者を指名)」・・・英米、欧米は完全核家族型であり、長子以外は、家を出て、新たな生活の糧を求め、新たな職業を見つけ、独立した家族を形成するのが通例で、「創造的な破壊」が起こりやすく、企業経営の革新、ベンチャー企業、新たな産業が誕生する要素ともなる。
「平等主義的核家族(平等に分割相続)」・・・フランス、スペイン、イタリア北部などは、徹底的な個人主義に基づく平等主義、男女も平等な相続権を持つ。
「直系家族(長子相続)」・・・ドイツ・日本・韓国・スウェーデン・ノルウェイなど、その家族形態も、未婚の若者と高齢者単身一人世帯が増加し、変化しつつあるが、根底に流れる基調は変わらず、権威主義的な家父長制度、長子相続の流れがまだ根強く、それが年長者に対する敬意と社会の安定性をもたらしてきたが、ここに来て、少子高齢化により家族を維持できず、その家族制度も時代の波に洗われ、変貌を遂げつつある。
「共同体家族」・・・中国・ロシア・北インドなど、主にユーラシア大陸の中央部の広大な地域に存在し、男の子供が結婚後も、親の家に住み続け、権威主義的な父親の下に兄弟が同居し、一つの巨大な家族となる。
しかし、これらの4つに類型化された家族のうち、最も新しいのは「共同体家族」であり、最も近代的に見える「核家族」こそ、実は最も原始的なのだそうだ。友人の言語学者の説を紹介し、「中心地で生まれた新たな言語が周辺へ伝播する結果、古い語形ほど外に、新しい語形ほど内に分布する」という言語学の研究成果を家族類型にも類推適用している。
日本の現状
GDPの拡大は、戦後日本が追求してきた最大の課題であり、GDPの増大、成長こそが、すべての問題を解決するとの考え方が今でも支配的だ。その根底には戦後の食糧増産と生産労働力を供給した、地方の農村の役割と、急激な戦後ベビーブームによる人口増加、及び政府のとった重工業優先投資の傾斜生産方式と戦争特需を背景にして、工業化と輸出の急拡大を成し遂げ、戦後30年余りで、高度経済成長による1億総中流化を成し遂げたのである。その後1980年代後半を境に、急速に進む高齢化社会、晩婚化、核家族化を経験し、結果として出生数の減少・高齢化、社会福祉関係費用を増大させ、低成長・デフレ・GDPの長期停滞・所得格差の拡大傾向を強める、現在の日本に姿を変えた。
日本の公衆衛生意識の高さ、清潔好きな国民性とともに、欧米、南米の国々の人々の社交性・家族関係の濃密さとは日本は明らかに異なり、家の外での100%のマスクの着用、外国からの入国を一時制限するなどの迅速な水際対策もあり、新型コロナウィルスの感染拡大を今のところ、日本国内では非常に低く押さえ込んでいると言えるだろう。
これは日本社会の持つ長所である反面、日本の家族構造と社会全般の内にこもる閉鎖的な側面も表している。高齢化が急速に進む現在の日本の、諸問題を解くカギは、若い世代が結婚し、子供を産みやすい社会環境の整備とともに、社会経済の維持発展に必要な、外国人労働者及び技術者、特に先端IT技術者などの広範な受け入れによる経済の刺激と活性化であろう。日本に学びたい留学生や、働き先を求め、家族ともに来日・永住を希望する外国人に対し、国内事情を考慮した、一定の合理的な制限も備えた制度的仕組み必要であるが、いかに段階的に広く定住の道を開くかどうかに懸かっているだろう。
「旧い」核家族から、新時代の「共同体家族」に歩を進め、様々な不安定要素があるものの、世界は相互に深く関連し、良くも悪くも大きな影響を及ぼし合っており、IT、コミュニケーションツールの技術の発展により、相互の理解・関心・結びつきは格段に深まっている。日本に向かう世界の人々を受け入れ、ある程度の多言語・生活習慣の違いによる無秩序さも徐々に受け入れ、ともに繁栄する新たな時代の「共同体家族」を目指す、覚悟と寛容さが必要であり、今後の日本の変化に期待したい。