既に現れた未来
大晦日の午後11時37分に人類出現
地球が誕生して46億年、人類が出現して20万年となるが、地球の歴史を1年に例えると、ほんの少し前の大晦日の午後11時37分に人類は出現したにもかかわらず、産業革命以降の人類の経済活動が地球に与えた影響は非常に大きく、ノーベル化学賞受賞者のパウル・クルッツェンは、地質学的にみて、人類の活動の痕跡が地球の表面を覆いつくした年代という意味で、「人新世」(Anthropocene)と名付けた。
「人新世の資本論」(斎藤幸平著)
地球の温暖化
温暖化ガスの深刻な影響は、北極・南極大陸の氷河、氷棚、氷山の溶融によってもたらされる海水面の上昇を招き、海洋諸国の有効な海岸線の陸地の10%以上が消失する恐れがある。シベリアの永久凍土の溶解によるメタンガスの発生、アマゾンの原生林の急激な減少、中央アジア・アフリカ大陸の砂漠化の進行は、世界の穀倉地帯の地下水資源の枯渇と相まって、世界の穀物収穫量の減少などを引き起こしている。同時に、人類が住む国と地域に前例のない洪水・スーパー台風などの猛烈な自然災害をもたらしている。将来の人類の食糧危機がすでに懸念されるなか、様々な地球環境の破壊は、あらゆる生物・動植物の相互依存的な環境の循環・連鎖を断ち切り、多様な生物の生存そのものが脅かされる状況に至っている。
世界の気象学者が1990年代に声高に警告を発し、1997年の「京都議定書」において、温暖化ガス排出量5%削減(1990年比)を決め、2015年には「パリ協定」において、産業革命以前からの気温上昇を2度未満とするために、気温上昇を1.5度以内に抑えるべく努力することに合意した。今年21年4月の気候変動サミットにおいて、日本は温暖化ガス削減目標を30年度に13年度対比で46%まで高めると表明したが、具体的な成算が有るわけではない。
ポイント オブ ノーリターン
人類が、効果的な温暖化抑止対策を今すぐに実行に移さなければ、温暖化の進行はもはや止められなくなる、臨界点ともいうべきタイムリミットが迫っており、その引き返せない年台が2030年代初頭と言われている。
SDGsの取り組み
予見される未来の地球の姿が徐々に現れ、テレビ・マスコミにより繰り返し報道されることで、多くの人々の目に触れ、地球温暖化による世界の気候変動が及ぼす経済・社会への多大な影響が共通認識となり、共有され、ついに産業界を動かし始めた。金融資産・投資資金の流れは気候変動リスクを削減・緩和する企業のSDGs債に向かい、そうでない企業・産業には大きな逆風が吹き始めた。その選別・選択は無視できない段階に立ち至り、企業行動の大きな変化と決断を促している。
エネルギーの脱炭素化
石炭・石油などの化石資源は今後も数十年に及び使用されるだろうが、その影響が最も注目される、自動車産業界は熾烈な電化競争にさらされ、メーカーは電気自動車に一斉に舵を切り出した。EUが打ち出した自動車の電化、ガソリン車の販売禁止は2035年に前倒しされ、自動車産業全体に大きな影響を与えている。これ自体は前向きに評価すべき動きだが、そこに供給される電気エネルギーの全量を再生可能な自然エネルギーで調達するとなると、炭素ガス排出ゼロは、簡単に実現しないだろう。このエネルギーの選択がもたらす「座礁資産(石炭、石油、原子力発電)」の影響も膨大である。余りにも大きな産業の転換点となるので、今後、様々な局面で既存設備の大量廃棄などの不都合が生じることとなるだろう。
企業のESG投資を誘導する取り組み
2021年は人類が温暖化ガスの削減に本格的に取り組み始めた年として記憶されるだろうが、その主体である企業に、各国政府、中央銀行、年金基金をはじめとする投資家集団のESG投資選別と、銀行のESG融資政策を活用し、その取り組みを大きく後押しする仕組みであるが、そこには、先行投資による先行者利益の確保という資本主義本来の目的が見え隠れする。
生産性、成長の罠
世界の産業経済社会は様々な思惑により、本格的に動き出した。石炭、石油、天然ガスの排出する温暖化ガスの排出量取引市場の開設や、排出企業への炭素課税強化の動きに対し、膨大な投資が必要と見込まれても、この競争に乗り遅れまいと必死に方向転換する企業の動きが加速している。先進国がもたらした地球温暖化に対し、新興国は先進国と同様な規制の適用は不公平であると主張している。EUはディーゼルエンジン車の排出ガス検査の長年の不正に対する不信感は販売の低迷を招き、今度は電気自働車で、炭素ガス排出取引で、域外からの製品の炭素税の課税のルール作りで、有利に取引ルールの世界デファクトスタンダードを作ろうとしている。
エネルギー政策
2030年には太陽光発電システムのコストが、原子力発電のコストを下回るとシミュレーションされている。洋上風力発電も大きな選択肢となっているが、遠浅でない日本の海岸線は洋上風力発電のコストが高くなる。化石エネルギーの代替エネルギーとして太陽光、風力、水力、原子力の中での選択となるが、石炭火力発電に対する投資資産の回収・廃棄コスト、新たな石油資源開発投資へのインセンティブの低下による原油価格の高騰の長期化、海洋風力発電開発への長期の莫大な投資・技術開発、既存原子力発電の維持管理コストの増大、廃炉コストの計算不能な長期に亘る膨大な費用を、誰がどのように負担するのかというコンセンサス形成は非常に困難であり、エネルギー政策は、どのような割合でどういう筋道が正しいのか、誰にも正解がない。
既に動き出した未来
しかし、差し迫る地球環境の危機を予見させる、世界中の気候変動は、随所にその姿を見せはじめ、いやおうなく人々に実感される形で目の前に突き付けられ、現実世界を動かし始めている。
タイムラグ
誰もが一斉に走り出す訳ではない。遅れる人、無視する人、大きな地球規模の気候変動の一局面であると異を唱える人、既に手遅れであると言う人と、様々であるが、たとえ問題があって、そのことがわが身に及ぶまで、茹でガエル状態になるまで、行動を起こさないというのが今までの経験である。技術的転嫁(新たな技術による問題の解消)、空間的転嫁(外部への、途上国へのしわ寄せ)、時間的転嫁(問題先送り)などの様々な選択肢があるが、地球は一つしかなく代わりがない。既にその温暖化の影響を外部化する(目に見えなくする)途上国、フロンティアは地球からなくなり、様々な政治経済的な理由により時間稼ぎをしている間に、飽くなき経済成長の種と化した地球温暖化対策は、新たな技術革新とともに、新たな資源開発とエネルギー消費を引き起こし、地球温暖化はさらに進行していく。
火星に人類が移住するための宇宙インフラを構築しようとするアメリカの企業もある。環境負荷のないエネルギーの選択により、持続可能な社会をめざす、投資を呼び起こす、DX投資、ESG投融資による企業選別は世界経済を大きく変える力を持っているが、SDGs、ESGに向けた新たな莫大な世界的な投融資は、新たな大量の資源の開発を呼び起こし、消費とエネルギー需要を生み出し、資本主義本来の経済成長の追及は、温暖化ガスの増大をもたらす結果を避けられないとみられる。
飽くなき経済成長を追及する資本主義の経済原理を、持続可能な巡航速度の適度な成長へと促す、意識と制度の変化を呼び起こし、日本を含めた先進国の富裕層トップ10%が世界全体の二酸化炭素の半分を排出しているという「帝国的な生活様式」を改める必要がある。それは果たして可能だろうか。さもなくば地球温暖化阻止の実現の見通しは非常に困難であると、新進気鋭の経済学者は問題提起している。