心の豊かさを求めて
世界の経済開発競争は止むことなく、GDP成長率と一人当たりGDPの伸びは一国の経済政策の善し悪しを判断する主要な指標となり、戦後から一貫して、政治が追求すべき最優先の課題であり、「GDPの増大がすべての社会問題を解決する基本要素」かのごとく見做されている。GDPは一国の経済活動量の物差し、物の豊かさの物差しとしては依然有効だろうが、個人の生活実感とはかなり掛け離れている。社会生活全般に対する満足度と個人心の豊かさは一様に測れない。主に欧米との極端な政策金利差から生じた為替変動により、円安が進行する経済金融環境の中では、特に比較が困難である。長期的な視野で、社会全体と個人の心の豊かさを反映した、実感の伴う、GDPに代わる「幸福の物差し」が探し求められている。
多くの変化
日本経済は「失われた30年」から「新しい日本へ」と変化が始まっている。20年以上に及ぶ長期の低成長・デフレマインドから、人々は「物価は上がる、平均賃金も今年は3%以上上がるだろう」と想定している。半導体業界は、日本政府の国運を賭けた2兆円にも及ぶ巨額の補助金などの支援を受けて、オールジャパンで最先端の半導体製造拠点を九州と北海道に設ける動きが急ピッチである。自動車業界は北米でのハイブリッド車の巻き返し受けて、販売台数・売上高とともに最高益を更新しようとしている。日経平均株価もバブル崩壊以後の最高値を日々更新している。アジア・欧米からのインバウンド旅行者も着実に増加し、宿泊・観光・旅行業界は活況を呈し、人手不足が最大の課題となっている。
若者の起業への意欲とベンチャー企業への投資機運も高まっている。エコノミストによる2024年の経済成長も1%から2%近辺ではあるが、以前より高い成長率が見込まれている。政治のごたごたは相変わらずだが、1月1日の発生した能登半島地震は多くの人命と家屋・生活インフラ・交通網に甚大な被害をもたらし、復興・復旧には長期間を要し、改めて日本が宿命的に抱える地震多発列島といかに向き合い、日頃からいかに災害に備えるかが政治のみならず、国、地方自治体、企業、個人にも改めて問われ続けている。
海外の変動要因
海外に目を向ければ、中国経済の不動産バブルの崩壊・消費低迷が成長率を押し下げ、一つの世界景気の腰折れ要因となろうとしている。EUもインフレ持続と低成長に沈んでいる。ウクライナ戦争の戦費・兵器調達の欧米の継続支援が不透明となり、イスラエルの紛争は中東情勢全般を緊迫化させ、資源・エネルギー価格の不安定要因となっている。金融経済に目を移せば、インフレ抑止のために高止まりする金利は世界的な関心事であり、日米の株価は高騰する一方で、世界の債務残高は過去10年に100兆ドル増加し、307兆ドルに達した(国際金融協会、2023.9.19)。今までになく金融の経済に与える影響は高まっており、その過剰流動性は、世界規模での急激な資金移動を引き起こし、金融地図を2~3か月の間に一変させるような出来事の出現に備える必要があるだろう。
日本のインフレの持続性
今期の賃金上昇を大きく左右する春闘は、大企業が先導し中小企業にも波及し、昨年以上の賃上げが定着するかが注目されている。インフレの大きな要因としては、日米金利差による円安が進み、輸入物価・資源・エネルギー価格の高騰が第一の要因であるが、食料品をはじめコスト増を価格転嫁した値上げが広く浸透し、人手不足による賃上げも飲食業界をはじめとするサービス産業にも波及しだしている。企業の第三四半期決算も好調で、大企業の利益水準は全般に前年同期対比で20%以上の伸びを示し、高級品を売るデパートの売上も好調の一方で、ディスカウント商品を販売する、ドン・キホーテ、しまむら、100円ショップの業績も好調である。消費の二極化、一般消費者の節約志向は顕著である。賃金が持続的に上昇する社会となり、多くの若者が将来の人生設計に肯定的な希望を見出せる社会へと変貌するかどうか、その重要な岐路にさしかかっていると言えるだろう。
日本再評価の動き、安定願望と変化
海外投資家からの日本の不動産・株・リゾート観光資源への投資、高級ホテルの進出などの顕著な増加にも表れているが、海外からの日本の見直し機運が高まっている。発達した交通インフラ、日本の公衆衛生意識の高さ、清潔好きな国民性、治安の良さ、諸外国に比べまだ低い所得格差、政治の長期安定とともに、国内に眼を転ずれば、手厚い老人介護医療・少子化子育て支援、地方の過疎化対策など多大な予算支出と行政努力により、世界的にも先進的で均質な社会福祉・住民サービスが日本中に行き渡っている。やはり最大の課題は社会の変化のスピードと個人の意識の順応と転換だろう。生活様式・働き方・社会意識は、この10年ですさまじく変化しており、個人もその変化の影響から免れることは困難である。年老いて、人生100年時代ともいわれる新しい生活様式・社会観へ順応することは個人的にも困難を極めるが、やはり個人の働き方・生き方にも大きな変革が求められる時代が到来しつつあると思われる。
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若者世代と結婚・子育て・家族観の変化
未来を担う若者たちは時代の変化・社会の変化を敏感に嗅ぎ取り、未来に備えて行動を変容させている。自分に合った働き方の追求と同時に、社会的に認知されるコンテンポラリーな役割と価値観、有用性・充足感に敏感であり、早くから老後を見据えた人生設計・資産形成を優先しつつも、目の前の様々な費用負担増となる結婚・家族・子供を持つ決断には慎重で、先延ばしする傾向が顕著である。しかし、いかに計算・設計しても人生は思い通りにはならないというのが本当の処だろう。様々な社会経験を重ね、人間社会への理解を深め、個人的にはどこで納得するか、折り合いをつけるかであると思う。他者との比較から逃れ、自分自身の達成感、充足感を追い求める果てしない旅が続いている。