相互理解は進むか
相互理解は進むか
世界は益々狭くなり、世界の人々の価値基準は、民族、宗教、思想、言語、歴史、制度により、それぞれに異なる。しかし、逆説的ではあるが、20世紀以前の時代と21世紀を比べれば、その差異は縮小傾向にあるように見え、むしろ同質化・均質化が進んだとも言える。グローバル化とインターネットなどのコミュニケーション手段が多様化し、時間と空間を超えて簡便に情報・知識を入手出来、あらゆる情報が瞬時に世界を行き来し、それを利用可能な人口は飛躍的に増大し、相互の文化に接する機会が飛躍的に増えたためである。情報の中身もさることながら、情報の増大に連れて紆余曲折を経ながら、世界の人々の相互理解も遅ればせながら進んでいくと思われる。
多様性と類似性
今、移民・難民・マイノリティなどの社会的包摂と多様性の容認が社会全般に求められているが、そこには根本的にわかり合える、理解し合えるという前提が必要である。その前提を為すものとして、人間性に対する共通の理解が不可欠である。問題は、違いに焦点を当てるのか、類似性に焦点を当てるのかということである。
遺伝子に書かれたブループリント
イエール大学のニコラス・クリスタキス博士はその著書「ブループリント-よい未来を築くための進化論と人類史-」で、社会性は人間のDNAに組み込まれている、私たち一人ひとりが自分の内部に「善き社会をつくりあげるための進化的青写真(DNAというインクで書かれた社会生活というブループリント)をもっているという、進化生物学の学術的根拠を挙げながら、確信をもって主張している。言ってみれば、人間性善説である。
ニコラス・クリスタキス博士は言う。科学界はあまりにも長いあいだ、人間の生物学的遺産の暗黒面に焦点をあてすぎてきた。つまり、同族意識、暴力、利己性、残忍さなどを生み出す素質だ。社会は私たちの内にある。社会は様々な違いをもつが、その違いよりも類似性の方が遙かに大きく深遠だ。山々の頂を頂上付近で眺めるのと、地表付近からの遙かな地平線を眺めるのとの違いである。山に近づけば近づくほどその違いが強調されがちだが、山の成り立ちは人間の支配の及ばないより深い力に関係しているという。
また、人間の本性には賞賛すべき点がたくさんある。たとえば、愛する、友情を育む、協力する、学習するといった能力だが、これをDNAによって暗号化された遺伝子によって書かれたブループリントとして持っており、それは人間社会の普遍的特性として現れ、人類が共有する普遍的文化とは世界中のあらゆる人々が共有するこの特質の現れであり、社会を共に形成する社会的協同性の発現ともいうべきものである。
人間の持つDNAの人種間の相違はほんのわずかで、生まれ育った環境、教育が人生航路の大きな分かれ道となることは、誰にも容易に理解できる。各自が持つ潜在的な能力、素質、可能性を開花させるにはそれに相応しい土壌、水、自然環境が必要であり、まさにそれが家庭と教育、社会環境だといえる。格差を是正し、誰もが教育の機会均等を享受出来るような仕組みとしての、社会教育制度の発展には国により大きな格差があるが、その格差を補う手段としての教育ツールとしてのインターネット環境の普及があり、それにより機会格差が少しずつ縮小していくことが期待される。人間が永い進化の過程で身に着けた、暗号化された遺伝子によって書かれたブループリントが善き社会をつくりあげるという、ヒューマニズムともいうべき人間性に対する肯定的な共通理解は、より多くの人々の気持ちを明るく前向きにさせてくれる。