仕事は楽しいかね?
著者であり主人公であるサラリーマンのデイル・ドーテン(当時35歳)は、仕事を終えてシカゴから帰路につこうとしたオヘア空港で26時間の間、雪で閉鎖され、不機嫌なビジネスマン集団の中の一人となった。主人公は、その場に偶然居合わせた、70歳前の恰幅のいい老人から、あれこれと質問を受ける。後でわかることだが、その老人は大変な経歴の持ち主で、多くの事業を営む企業家で、講演活動で全米各地を飛び回っている著名な人物であった。その老人から胸に突き刺さる、決定的な質問を受ける。「仕事は楽しいかね?」
最初は聞き流していたものの、老人からの思わぬ矢継ぎ早の質問に引き込まれ、つい本音を言ってしまった。
若い時に友人と起業し、手痛い失敗を経験し、サラリーマンとなった私は、「そこそこの給料をもらっている。いったい何がいけないんだろう。私は真面目に働いてる。仕事だって手際よくこなしてきた。なのに、一向に出世できない。そのことに不満を漏らしたとしても、こう言われるのが落ちです。『仕事があるだけいいじゃないか』黙って感謝しろって?それじゃまるで、生きているというのはまだ死んでいないことと言わんばかりじゃないですか・・・」
さらに老人が先人の成功者の例を引き合いに出し、そこから自らの実体験を通して直接、間接に学んだ思わぬ言葉が並ぶ。
「人生とは、くだらないことが一つまた一つと続いていくのではない。一つのくだらないことが<何度も>繰り返されていくのだよ・・・・」
「遊び感覚でいろいろやって、成り行きを見守る」
「必要は発明の母かもしれない。だけど偶然は発明の父なんだ。」
「もし宇宙が信じられないような、素晴らしいアイデアをくれるとして、君はそれにふさわしいかね?」
「明日は今日と違う自分になる」
「目標に関するきみの問題は、世の中は君の目標が達成されるまで、じーっと待っていたりしないということだよ。」
「新しいアイデアというのは、新しい場所に置かれた古いアイデアなんだ。」
「君が「試すこと」に喜びを見出してくれるといいな。」
「君たちの事業は、試してみた結果失敗に終わったんじゃない。試すことが欠落してたんだ。」
現代の若者世代を取り巻く過酷な社会環境
現在の若者の未来には何が待ち受けているのだろうか?
戦後の高度経済成長期に青春期・壮年期を送ったベビーブーマーの世代、それに続く豊かさの恩恵を被った世代は、たとえ個人差はあれど、誰もが「今日よりも明日は、将来はきっと良くなる」と漠然と信じ、誰もがそれなりの希望を持って過ごすことができた世代と言える。しかし、現在の若者を取り巻く状況は、現状打破の突破口が見通せず、容易に希望がもてない状況に置かれている。
世界経済の影響を瞬時に受ける時代となり、日本経済は長年、低成長にあえぎ、国内では大企業を中心に、過当競争を繰り広げ、これからも多くの企業間競争が待ち受けているが、若者にとっても、中国・インド・ベトナム・台湾、東南アジア諸国などの工業化を果たした、台頭する諸国のハングリー精神にあふれた若者を競争相手とする、世界的な競争に直面している。
そこに、国内では核家族、一人世帯の増加、家族関係の希薄さも相俟って、リアルな人生の生き方のロールモデルは身近にはあまりなく、これだという進むべき自分の人生の指針が定まらない。
社会全体の流動性は低下し、所得格差は固定化し、親の世代より良くなるという希望が持てず、閉塞感に包まれている。自分の好きなことを追求する多様な働き方、個々のライフスタイルを認める余裕が社会から失われている。
そこに加えて、今回のコロナウイルス禍は、世代間の 対立を煽り、 貧富の格差の固定化・拡大により、社会的な強者と弱者を浮き彫りにすると同時に、一国の産業構造の歪みと他国への依存構造の脆弱性を露呈した。
社会のこのような閉塞状況は、グローバル化した世界経済にも大きな打撃を与えたが、これから社会に出ようとする若者に最も大きなダメージを与えた。社会的な選択肢の幅が狭まり、自立の道が模索できず、自らの力で希望を見出すことを困難にしている。
このような時代に、多くの若者たちはいかに立ち向かうのか。
停滞のなかからの変化
アメリカのコロナ禍で職を離れた人達は、もとの職業に戻らず、より賃金の高い職を求め、あるいは個人で起業する道を選ぶ人達が増加していると言う。シビアな選択肢であるが、人に頼ろうとするのではなく、個人的自由を求め、変化を厭わずに立ち向かい、自立を選択する傾向が顕著であるという。
そのような状況の中でも、変化の兆しが出始めている。日本でも地方初の若者の起業が増加している。令和2年の法人設立数は13万1238社で、前年を下回ったが、令和3年4-9月の新設法人数は6万6530社と、前年同期対比34.6%増加。法人数、増加率も半期で過去最多となった。全国自治体の6割超にあたる1077市区町村で増加した。(2021.11.13、日経朝刊)
日本の各地で、若者・女性・シニア世代の起業を応援しようとする活動のニュースが益々頻繁に流れている。
中部地区の愛知・名古屋では以前からの起業家の交流を促すイベントを「なごのキャンパス」などで多数開催し、起業を応援してきたが、、国の支援地域の選定を受け、24年に地元大学と企業・ベンチャーキャピタルが連携し、県からも大きな財政支援も予定し、そのスタートアップ企業の拠点の整備・運営をソフトバンクが引き受け「ステーションAi」を立ち上げる準備を進め、今注目を集めている。
スズキやヤマハなどの世界的企業を立ち上げた浜松も、起業家・スタートアップの拠点となるための国からの支援を受ける地域に選ばれ、「浜松ベンチャートライブ」「スタートアップ・ウィークエンド」などで起業の連鎖、化学反応が進行中であり、起業コミュニティーの広がりが顕著になっているという。
社会の閉塞感を打ち破る、新しい世代の動きに負けず劣らず、中小企業のМ&A、女性の起業・シニア世代の起業を支援する動きが活発化し、地方発から全国に発信されている。
失敗は若者の特権であり、いつの時代も若者は失敗を糧に成長してきた。若者たちが目的を遂げるまで「やり抜く」ための支援を送り、励まし、見守り、「必要な失敗」を許容する度量が社会に求められている。