相続と配偶者居住権
相続時基礎控除額の縮小
税制改正により相続や遺贈において、取得した遺産に係る基礎控除が大幅に減額された。2015年1月1日以降、配偶者と法定相続人の基礎控除は以前の6割水準となる3000万円、600万円に引き下げられた。その結果、改正前の基礎控除により2014年度の相続税を納めた世帯の割合は4.4%であったが、2018年度は8.5%となって、大幅に相続税を納める世帯が増加していることが窺える。この改正は増え続ける社会保障費を賄うためとされている。
民法改正
2018年7月に成立した民法改正では、相続に関する大幅な見直しが実施された。施行時期はそれぞれに定められている。
例えば、① 配偶者保護のための配偶者居住権の創設等、② 遺言利用促進のための自筆遺言証書の方式緩和、自筆遺言証書の保管制度の創設、遺留分の金銭債権化等、③ 利害関係人の公平性を図る方策として、遺産分割前の預貯金払戻制度の整備、親族による特別寄与制度の創設等、様々な重要な改正が実施されたが、配偶者居住権について簡単に触れてみたい。
配偶者居住権
相続財産に関しては、2020年4月1日付けにて相続法が改正施行され、新たに「配偶者居住権」が創設された。配偶者居住権は、相続対象資産の一部である建物及びその敷地についての権利を「負担付の所有権」と「配偶者居住権」に分け、遺産分割の際に、相続開始時に居住しており、相続により法律上の配偶者が「配偶者居住権」を取得するものとされた場合で、居住建物を配偶者以外の者と共有していない場合に限定され、配偶者以外の相続人が「配偶者居住権設定建物及びその敷地利用負担付の土地の所有権」を取得出来るようにした。
配偶者居住権の創設の背景
配偶者居住権は、一生、自宅に住み続けることができる終身の権利であるが、完全な所有権とは異なり、人に売ったり、自由に貸したりすることができない分、所有権を取得した相続人は、その分(配偶者居住権の評価分)評価額を低く抑えることができる。このため、配偶者は、自宅をすべて自分名義とする場合にくらべ、これまで住んでいた自宅に住み続けながら、預貯金などの財産をより多く取得出来る可能性が広がり、配偶者のその後の生活の安定を図ることができる。
注意すべき点
注意すべき点としては以下の事項が挙げられるであろう。
① 所有者と同時に登記が必要なので、相続財産の分割協議が調わなければ、利用できない。円満な親子関係が前提である。遺言書に配偶者居住権を設定することを明記するか、事前に死因贈与契約を基に始期付配偶者居住権設定仮登記、相続時に本登記申請という方法もあるが・・・。
② 修繕義務が発生する。通常の必要費も配偶者の負担となり、そこには建物の固定資産税も含まれるとされている。
③ 配偶者居住権は、一身終身の権利であり、譲渡できない。配偶者が亡くなった場合、放棄したときに子に帰属する。勝手に売買したり、譲渡したり、賃貸することは出来なくなる。今後引越の予定がない場合に利用すべきである。今後、ますます老人施設への入居という選択肢が増える中、放棄するとなると本人の意思決定が出来る状態(認知症になっていない等)にあるか、また、その時点で所有者に贈与税が発生することも懸念される。配偶者居住権が設定された建物は現実的には売買出来ないといえるだろう。
④ 評価は、終身の間(平均余命を前提に計算)配偶者居住権を設定したものとして計算。土地建物の現在価値(相続税評価額)から負担付所有権の価値を差引し、配偶者居住権を算定するが、負担付所有権の価値は建物の耐用年数、経過年数、存続年数(平均余命)、法定利率(3%)などを考慮した、権利消滅後の価値を算定し、これを割り戻した現在価値を計算する必要があり、計算はかなり複雑であり、専門家に任せたい。
⑤ そもそも、事前に対象不動産の相続を想定するか事前に売却するか、相続した場合、居住の用に供されていた小規模宅地等についての課税価格の計算の特例(特定居住用宅地等、330㎡まで、80%減額)の摘要はどうか、土地建物につき2次相続は発生するかどうか、1次2次相続の合計の相続税の計算、結婚して20年を経過した配偶者には、課税価格2000万円までの居住用不動産の贈与の配偶者控除という特例もあり、事前に利用すべきかどうか。そのときも登記費用、不動産取得税は掛かる。以上のように慎重に検討すべき、様々な組み合わせ、項目があり、事前に税の専門家に相談すべきだろう。
以上を考慮すると、親子関係が円満であれば、現実的に設定する必要性はないと言える。只、やむなく住宅を全部相続する又は、共有名義にする場合にくらべ、今後いずれ生じることとなる2次相続時に、主要な財産である自宅の相続が発生せず、残された配偶者が今後も老後の住まいを確保し、当面の生活資金としてより多くの預貯金等を取得出来る可能性がメリットであると言えるだろう。配偶者とこどもの関係が悪い場合で、うまく相続協議が調わないことが想定される場合、相続人である妻とこどもに直接的な血の繋がりがない場合などに利用が想定される。必ず専門家によるメリット、デメリットのアドバイス、正確なシミュレーションをおすすめしたい。