不動産業のDX
今求められる、不動産業におけるデジタル・トランスフォーメーションとは?
すべての産業でDX(と記し、デジタル・トランスフォーメーションの略)が求められている。
今や新技術(自動運転、ドローン、IoT、ロボット、AI、ビッグデータなど)による変革が、交通・医療・教育・決済などの社会インフラの分野から、企業行動と消費者行動も大きく変えていく時代となった。そのプラットフォームとも言うべき土台がDXの取り組みである。
「骨太の方針」の中のDX
内閣府は今年発表した「経済財政運営と改革の基本方針2020」(骨太の方針)において、新・型コロナ対応、国土強靱化とともに「デジタルニューディール」としてデジタル・ガバメント(行政サービスの電子化)、社会全体のDXの推進を掲げている。
DXとは何か?
簡単に限定的に言えば、企業に生産性・効率性の向上をもたらし、消費者に新たな利便性をもたらすデジタル化の波とでも言えるだろうか。
20年以上前からのDXの提唱者として知られるアメリカインディアナ大学のエリック・ストルターマン教授によれば、「すべての人々の暮らしをデジタル技術で変革していくこと」で、あらゆるものが、デジタル技術と結びつき、今まで想像すらしなかった技術・サービスが実現することを指す。DXを背景にした新技術が製造・流通・購入・消費の仕組みを根本的に再定義し、一変することにより、新たな消費とマーケットを創造し、企業の生産活動及び個人の社会生活・消費生活のみならず、働き方までにその影響は及ぶ。そのインパクトは非常に大きく現在進行中であり、AMAZONをはじめ、その実例は他業種多方面に及び枚挙に暇がない。まさにDXによる変化の真っ只中に我々は生きている。不動産業界が今後、DXを進めるうえでのいくつかの課題を取り上げたい。
不動産業ビジョン2030
国土交通省は、社会資本整備審議会産業分科会不動産部会において、取り巻く環境の変化と課題を明らかにし、社会生活基盤の整備と不動産の有効活用・最適活用と不動産業及びそこに携わるすべての関係者の持続的な発展を確保するための指針を、およそ四半世紀ぶりに「不動産業ビジョン2030~令和時代の『不動産最適活用』に向けて~」としてとりまとめた。
広範囲に及ぶ様々な課題が提言される中で、その主体的プレイヤーの一人として、その役割を果たすことが期待される、不動産業者の実態はと言えば、宅地建物取引業者12.4万(2016年12月)の9割以上を占めるのが従業者10名未満の中小規模事業者であり、大手事業者と比較して、従業員の定着率が低く、経営者の高齢化が進み、後継者の確保や事業承継が課題である。総体としてIT化・DXは遅れている。
社会全体でIT化による業務効率化・生産性向上が必須と言われる時代となったが、その中でも中小事業者の多い不動産業のIT化・DXはなかなか進まず、DXに必要な投資・人材投入の負担が非常に重いのが現状である。
不動産関連情報基盤の整備
大手不動産業者は、情報インフラ整備に積極的投資を重ね、全国規模での不動産情報をデータベース化し、消費者の必要とする情報を検索機能・絞り込み機能で、無料で迅速に提供している。消費者はスマートフォンアプリで容易に欲しい情報にアクセス出来る。また定期的に自分の指定した条件に適合する不動産情報をSNS配信で受け取るサービスも当たり前になっている。そこには不動産投資物件も網羅され、現場の写真から、物件概要、購入・収益シミュレーションまで投資判断に必要な初期情報は簡単に入手できる。大手3社から5社のホームページにアクセスすれば、得られる情報量は十分である。
一方で従来の地元密着型中小不動産業者も、一部ホームページを活用し物件仲介に努めているが、基本は来店・店頭の備置資料、或いは地方紙による新聞広告掲載・不動産物件広告チラシに多く依存している。多くは営業所を起点とした周辺のいくつかの市町村にとどまる狭い特定エリアを営業エリアとし、多くは今まで築いてきた人縁・地縁のネットワークに頼り、得意とする物件・分野に特化し、差別化・専業化することにより、仲介物件の不足と人手不足を補っている。
世代によって購入希望する物件の種類・用途、選択の基準、対象地域は異なるが、最終的に従来の物件選びの基準である、物件の豊富さ、取引業者の知名度・信頼性、対応のスピード・対応の善し悪しに加え、WEBによる情報収集及び基本的アクセス申し込みが、WEBで出来るかどうかが契約の成否を分けるという。ある賃貸不動産管理専門の上場企業のアンケートで、賃貸契約などでは特に店舗を訪問するか、WEB申し込みを希望するかとの問いに4分の3がWEB申し込み希望と答えている。
マイホームを購入しようとする場合、ホームページの情報で基本的な情報を入手し、その中のいくつかの候補物件を現地調査することとなるが、対象物件が気に入り、いざ契約となる前までに知っておくべき事項は多い。特に近年、自然風水害災害が頻繁に起こり、取り分け水害に関する情報はその重要性・緊急性により宅地建物取引業法施行規則の一部を改正し、水防法に基づき作成された水害ハザードマップにおける取引対象の宅地又は建物の所在地を新たに重要事項説明の項目として説明することとされた(令和2年8月28日施行)。
往々にして、重要事項に関する書面による説明は契約直前に為されることが多いが、今年4月1日より施行された民法改正により、不動産売買契約書の条文も、従来の瑕疵担保責任条項が契約不適合責任条項に変わるなど大きく変更された。不動産に関する法令上の規制は実に多く、適用される法律も広範囲に及ぶ。それを網羅した多くの書類を準備して、消費者に適切に説明することが求められている。不動産取引に必要とされる不動産事業者の情報の収集・研鑽は多岐に及び、絶え間ない業界研修の受講によるアップデートと、情報の整理と従業員への教育、契約書類などの更新作業など、やるべき事項は非常に多く、個々の経営者・担当者レベルの努力では到底対応が困難である。このような情報蓄積・更新・活用に掛かる負荷の軽減にDXの本格導入が必要となっている。
不動産ストック化
不動産業ビジョン2030でも提言されているが、不動産ストックの質を高め、有効に活用する不動産「ストック型社会」の形成が提言されている。「ストック型社会」の実現にはストックを適切に管理・改修し、長寿命化・付加価値化を図りつつ、その価値が市場で適正に評価される好循環を創出する必要がある。このストック型社会を創り出すには、不動産業者の多くが利用する「レインズ」もあるが、購入時の消費者の不安を解消し、最適な不動産にたどり着くために最低限必要な情報が網羅されている、不動産情報のデータベースの構築とその共通化が望まれる。そこには種々の関係法令による法規制情報、インフラ情報、交通機関、生活施設情報なども検索可能で、いわゆるワンストップの不動産を取り巻く基本情報を網羅した、不動産情報全体のDX化が強く望まれる。
不動産取引の電子化
不動産取引に関する電子化は、不動産登記簿その他付属書類等の電子化が実現し、不動産のインターネット経由での登記申請が可能となり、不動産取引の従来の権利書に代わる登記識別情報(12桁の英数字)による制度が実施され、一定の条件下で不動産業者は重要事項説明もインターネットでできるようになったが、それ以外は対面と従来の紙ベースの契約である。
価格査定システム
金融とIT技術は最適効率の組み合わせであり、非常に相性が良い。しかし、不動産取引と金融の橋渡しは主に銀行が担っており、その銀行の営業方針、融資方針、審査システム、審査能力に大きく依存している。また不動産取引実現に欠かせない不動産担保評価はいまだ従来の、公示地価、相続税路線価、固定資産税評価に多く依拠しているが、投資家向けの投資物件には収益還元法、特に有期のDCF法が採用されることが多く、投資判断の目安となる。
必要な資金調達の基礎となる不動産評価をする上では、業種別の景気動向、不動産市場動向、類似物件の市場価格の売買事例、再調達原価、収益還元法と様々なデータと根拠ある手法による客観的な評価が求められるが、まさにIT技術、DXの出番である。
賃貸不動産管理業務
近年、賃貸不動産管理業務のデジタル化は相当な進展をみせ、クラウド上のデータベース化された統合型管理ソフト(集客・広告宣伝、契約締結・更新・解約業務、入退去・物件の修繕管理、賃料の入金管理・報告、クレーム対応、オーナーへの報告書類の作成まで)をメイン商品にして、上場する企業も出てきている。問題は個々に最適化を目指しているため、それぞれ独自に仕様が異なり、初期導入費用の負担、データ互換性が乏しいことがネックで移行作業・データ入力にかなりの労力が伴う。
優良な中古マンションストック管理のニーズは高まるばかりであり、保守・点検・管理業務、大規模修繕記録のIT化よる可視化によって、客観的評価が可能となり、購入予定物件評価の客観性が高まる。それは今後の管理業務負担の軽減のみならず、その管理業務から得られた貴重な記録・知見は、既存物件の有効耐用年数の伸長や、今後のマンション設計・建設に活用されるだろう。さらなるマンションの長寿命化を図る上で、現在の人的目視、打音検査等による点検・管理業務は人手不足で限界に来ており、ドローンの活用、AI、DXの導入等により、さらなる省力化・効率化が図られるだろう。
このように、不動産業界はDX導入・普及により生産性・効率化・省力化が大いに期待される分野であり、企業活動及び個人の生活の社会インフラ整備に係わる重要な業種の一つであるが、9割を占める中小規模不動産事業者に、個別の対応・解決策を求めるのは非常に時間とコストが掛かり、非現実的である。DXを進めるにあたり、その障害を取り除く関係法令の整備とともに、良い意味での護送船団方式を実現するために、不動産業界団体及び協会による旗振りのもと、全国共通のプラットフォーム整備・コンセンサスづくりが求められている。