AI・クラウド・データセンタ・半導体・原発の物語
AIは人類を救うのか
世界的に有名な歴史学者・哲学者であるユヴァル・ノア・ハラリは、その著書「ネクサス 情報の人類史」において、AIが世界を救うという意見もあるが、AIが今後人類にもたらすであろう、正負の両面の影響力の凄まじさ、広範囲さ、深刻さを余すところなく語っている。そして次のようなギリシャ神話を引用する。「パエトンが自分は太陽神ヘリオスの息子であることを知り、神聖な出自を証明したくて、太陽の戦車を操縦させてくれるようにヘリオスに乞うた。ヘリオスはパエトンに太陽の戦車を引く天馬たちを操れる人間はいないと警告した。」その結果は世界に大惨事をもたらしたというギリシャ神話を紹介している。
紙・印刷・ITなど様々な情報に関するテクノロジーの発展は、農業革命をもたらし、産業革命をもたらし、情報革命をもたらしたが、今回の2000年以降に急速に表れたAIの登場は、人々の想像を上回る途方もないスピードと影響力を持って、現代社会の企業活動にいかに取り込むかといった側面から毎日取り上げられている。資本の論理に基づく企業による熾烈なAI導入競争として立ち現れているのである。
情報はそのものの真実の一面を表すのではなく、そのものとの結びつき・関係性(ネクサス)を表示するに過ぎないが、「情報を集める・記録する・伝える・繋がる」という絶え間ない人類の歴史を通して、人々がその存在を信じて疑わない「物語」を紡ぎだす。ネットワークの力により生み出された「物語」の力は、世界の隅々にまで伝播し、他の生物・動物と人類を画す基本要素となった。ネットワークを形成し、共同主観的な価値観に基づき人類は共同作業を行い、社会を形成してきた。その共同主観的な価値観に基づき紡ぎだされた物語の類型として著者は、「法律・神・宗教・国民・企業・通貨」といった共同主観的な概念を挙げている。そして、今までとは全く異なり、最も強力な武器であるAIによる世界的な「知恵のネットワーク」は、その比類無き影響力により、洪水のように世界を席巻し、誰もが信じて疑わない強固な「物語」に変化を遂げようとしている。
AIの進展レベル
AI(人工知能)の発展は、人間の脳の仕組みを研究し、1000億以上の脳細胞ニューロンとその接続を形作るシナプスが複雑で縦横無尽にネットワークを張り巡らし、様々な知的情報連絡・加工作業を短時間に驚くべき省エネでこなすスーパーコンピューターを上回る脳の活動に着目して研究してきたが、ついに人間の生み出した最も複雑なゲームである囲碁の世界チャンピオンをしのぎ、その発展はあらゆる分野で目覚ましく、そのレベルは科学技術分野での大学の博士課程卒業レベルを既に凌駕しており、大規模言語学習モデルから推論、提案などのタスクの指示回答・自律的なプログラミング作業等のみに留まらず、伴走型の自立型のAIエージェントの開発にまで及んでいる。人類が築き上げた知恵の集積が、比較的低コストで誰にでも利用可能となる超人工知能が、ありとあらゆる分野で利用され実装されていく段階に現代社会は立ち到っている。
AIは社会の何に利用されるか
人間の知能・能力を遥かに超え、ありとあらゆる知的分野の作業を代替することとなり、製薬の分野、健康医療、食料の確保・資源探査、地球温暖化対策、新素材の開発、災害の予測、自動運転、交通・物流問題と、人間とその社会は確実にAIに依存してその発展の成果を享受する時がくるだろう。しかしながらそのマイナスの影響も人類は受けざるを得ないだろう。AIとGPS・インターネット・ドローンを利用した戦争兵器が紛争地域で使用される脅威、現実の戦争が戦争ゲーム感覚に代わる恐ろしさは例えようがない。悪用されれば、取り返しがつかない被害を人類にもたらすだろう。そのような時代に生まれる子供たちは何を学ぶべきだろうか?AIの使い方を学ぶのか?学び方が変わるどころか、学ぶ意義が問われることとなるだろう。
人間の想像を超え、ついに誰も検証できないブラックボックスと化したAIの判断・提案する回答領域は、医学医療・工業生産・法律・社会福祉などすべての分野に重大な影響を及ぼし、金融と経済分野、製造業の生産性向上と効率化を促進し、人々の働き方を変え、社会構造を作り替え、人間が反論する余地のないまでにすべての権威付けに利用・正当化されるだろう。個人のデータは生まれてから死ぬまでの一生涯すべてデータがそこに保管・管理・監視されるデータベースとなり、個人の所有資産・負債に関するデータは一元化され、例えば個人の確定申告は不要となる時代が来るだろう。
データセンター・半導体投資
そのような急激なAIデータセンターづくりを裏で支えるのが、エヌビディアに代表されるGPUという超大容量の半導体チップで、情報を超高速で大量に並列処理するのに画期的に優れた能力を持つ半導体であり、その保管場所であるデータセンターの投資はなんと、グーグル、アマゾン、マイクロソフト、メタの4社だけで2025,2026年のAIモデル向けデータセンターに7500億ドル(約110兆円)の投資を行う予定だ。米金融大手モルガンスタンレーは世界的な投資が、29年までに3兆ドルに達すると予想している(日経2025.8.21)。その巨額投資はもっと必要とされる適切な分野に投資されれば、水・食料・医療・教育など世界が求める喫緊の世界的な不平等の解消と人権の擁護という社会問題は幾分やわらぎ、幸福度が増すような分野がないのかと考える人も多いだろう。
世界の債務膨張とAIバブル
世界の債務膨張はすさまじく、2025年3月の世界債務は、324兆ドル、世界のGDPに対する割合は325%に上る。AIに関する多くの投資は見込んだ報酬を手にすることが出来ないと言われる。熾烈な投資競争に敗退したAIへの過剰設備投資は廃棄され、一部の最先端AI企業グループがすべてを取り込む可能性が大きく、すべての企業はそことの業務提携・合従連衡を模索するだろう。AI投資バブルという多くの指摘は、現実のリターンをもたらさない95%の投資が不良債権と化し償却されていく過程でもある。しかし、世界は短期間にAIによって、大きくその姿を変えることは間違いないのだろう。
データの安全性
データセンターは現在、グーグル、アマゾン、マイクロソフトなどの世界的な巨大企業が設置したデータサーバーに主に保管されている。このデータはすべての企業活動の収益の源泉となっている。収集され囲い込みされたデータは果たして一企業の私有物となりえるのか、今後、その蓄積されたデータから生み出される利益の配分問題(税金の課税)とともに、安全保障を念頭に国はいかに関与していくのだろうか。半導体製造の国産化と各国のデータ管理はブロックチェーン技術による分散管理の実現とともに、データセンターも国内の電源供給に余裕が見込まれる九州・北海道地域に設置する動きがみられるが、データ管理と安全保障の問題と、個人データに関する利用と個人のプライバシー保護の問題も浮かび上がる。
置き去りにされる環境問題
莫大な電力を消費する、半導体の塊であるデータセンターの消費する電源は、多くは新たな原子力発電所建設によって賄われようとしている。福島原発の事故の歴史的反省を踏まえて原発削減に踏み切った各国政府は、環境問題の解決も迫られる中、そのエネルギー資源確保の方針を、大きく原発依存政策に方向転換しようとしている。人類は知恵のネットワークを作り出し、途方もない力を手にいれるが、原子力発電はその主電源と期待されており、データセンター近くに設置され、同時に生み出される放射性廃棄物は処分できないまま、各地に永遠に貯蔵される恐れが多分にある。
AIによるデジタルデバイド
AIを巡り、デジタルデバイドと呼ばれる分断は、AIを利用する人と、利用しない人に社会を二分するだろう。AIが子供の学校の入学を決める。AIのマッチングアプリで結婚相手を探す。AIが評価する信用スコアで信用格付けが行われ、住宅ローンなどは瞬時に可否が決定される。老人ホームの入居資格審査も然りだ。
高齢化社会とAI
高齢化は誰にでもやってくる。65歳以上の高齢者は現在でもほぼ3割を占める。AIは高齢者にとって、その利便性により福音となるのか、果たして禍となるのか。誰にも到底理解できないしくみの魔法の杖であるAIは、ハンディコンピューターであるスマートフォンに搭載され、瞬時に検索を行い、模範解答を示す。生活の大きな部分がスマホAIにより目的を短絡的に達成し、誰もが頼らざるを得なくなる状況を作り出している。スマホ依存症患者を大量に輩出・発生させる。AIに頼らない生活を、従来の価値観に基づき地域社会・家族と共に暮らしたいと願う人々も多いが、AIによる社会構造が変わり、多くの人々の行動原理が変わる。そのような変化する人々に囲まれて、少しづつ、遅れながらも何とか従っていくしか選択肢はないのだろう。
AIは果たして人間を幸せにするか
AIに意思は無い(今のところ)。SNS、ユーチューブによる大量のフェイクニュース・動画の氾濫、ボットによる偽装された偏向的な表示による世論の誘導など、その脅威から自分自身を防ぐ術がないように感じられ、無力感が漂う。そこから完全に離れて暮らすことは多くの人にとって現実に難しい。恩恵も被害も被る。その為にも、AIがもたらすものの功罪と正邪を識別し、AIが社会にもたらす弊害をしっかりと子供たちに認識学習させ、時にはその影響下から制限・隔離し、適用分野を制限し、AIの持つ限界を知って利用するルール作り、一定の節度ある利用にとどめる仕組みや、その弊害から子供たちを守る、家庭環境を整備維持するのも親の重要な役目となるのだろう。